大切なヒト

01

ふいに鳴るマナーモードの携帯電話
愛しい、愛しい、大好きな人からの着信
一緒に映画館や遊園地、行ったよね
とっても楽しかったなー……

だけど、貴方も今から犠牲者となるのよ

*

『もしもし?今日、一緒に町に出かける約束したたよなー。オレ、ちょっと遅れそう。悪いな。』

ジー・ジー・・ジジ・・ジー・・・

ノイズ混じりに聞こえる声。

『ウン。大丈夫。気にしないで。』

嘘ツキ。私は本当は、ちっとも大丈夫じゃないんだよ。
だって、手のひらをいくら握り返しても、もう大切な友人はイナイから。
羅緒はイナイから。
大切な友達を……この手で殺してしまったから。

あの感覚は、今もまだ忘れられない。

崩れた鏡。割れた破片。
元に戻ることは無い、終わりのないゲーム。
この世を食い尽くす、悪魔のようなゲーム。

私は今も持っている。
いつか必要となる、その鏡を。
割れた欠片を。


―バリィィインッ!!!


「?!」


突如聞こえたガラスの割れる音。
音のする方へ目を向けると、見事に町のガラス全てが割れていた。
こんな事できるのは……人間じゃない。

その気配は、まるで私が羅緒を殺したときのようだった。


「―……姿を現したら?」


私がそう訊ねれば、立っているのが精一杯になるくらいの突風が吹いた。
そして、冷たいコンクリートの上に、赤い髪の少年が立った。


「やあ。人殺しの"月和(つきわ)"。」

幼さの残る顔と、少し高いその声が、なぜか愛おしく感じられた。

月和―……どうして私の名前を知っているの?
なんていう疑問はすぐに捨てた。
そんな事、どうでもいい。

「貴方だってそうでしょ?こんなにも町の人を犠牲にしたんだから。」

さっきまで、たくさんの人が行き来していた。
でも今は……血の海となっている。
でもきっと、苦しんで死んでないだけマシかな。
あれは一瞬の出来事だったから。

「ふン。面白くない奴。」

彼は、眼を細め、顔を歪めた。

「貴方―…・・・名前なんていうの?」

彼の顔を覗きこんで。
赤と青の瞳の奥の真実を探るかのように。
問いかけた。

「なんでキミなんかに名前を教えなくちゃならないの?」

彼は、人差し指に生えた凶器ともいえる爪を、私に突き付け苦笑する。
この人は…・・・きっと私と似ている。
気配が・・・・・・似てる。

「いいから教えるの!」

理由なんか、どうでもいい。
ただ、キミと会った事が、かけがえのナイ宝モノになるのならば・・・
私は"運命"を信じよう。


「・・・…名前なんかないよ。ただ僕の事を―……人は"悪魔"という。」


彼は、ため息混じりにそう言った。


「じゃあ………月和が名づけ親になってあげる。」

悪魔に名を付ける事。
それは到底ただの人間にはできっこない事だった。
失敗すれば、命さえ惜しくない。

「なんでそんな事をいえるの?失敗したら……キミは死ぬよ。」

彼は、低く重たい声で言う。


そんな事?
命が無くなるのは怖い。
だけど、名前がナイなんて、寂しいじゃない。

だれも名前を呼んでくれない。
そんなの、悲しいよ。


その時、思いついた名前は、失ってしまったあのコの名だった。


「"羅緒"」


自らの手で殺してしまった、大切な友達。
もうよみがえらない、大切なヒト。
女の子の名前だけど、彼にはとってもぴったりだと思った。


「はぁ?んな名前嫌―……?!」

瞬間、眩しい光が視界を覆い―……
次に目を開けたとき、目の前には銀色の髪になった彼がいた。


「……"羅緒"。これからよろしくね。」



その日電話越しに聞こえたその音は
受話器向こうの大好きな貴方を
死へと追い詰めた。



「ウワアアアアァァァァア!!!」


そう。
貴方は羅緒が悪魔に見えるのね。
こんなところに来て。かわいそうに。
もう死ぬしかないのよ。




"ドゥッ"



"羅緒"は
迷わず
私が命じた"死"を

大好きなヒトへ
私の恋人へ
贈った


「ばいばい、大好きだったよ」


あぁ、犠牲者は増えるばかり。
また大切なヒトを殺してしまった。
私はどうして


こんなにも狂ってしまったの?




「月和が悪いんじゃない」


優しく言った羅緒のことばが
その時は真っ直ぐ胸に突き刺さって

血色の涙があふれ出た。



「うん・・・」


手を繋いで
死体の上を飛んだ。

もう失いたくない。

この大切なモノを
大切なヒトを・・・


大切なヒトエンド
2009/5/6 : 加筆修正