その日から、平凡な日常と引き換えに、非日常な毎日がやってきた。
家庭教師の帰った後、空はふら、と、不意に本棚へ目をやった。
民話の書かれた本が、目に入る。
タイトルは―……「桃娘」。
有名なあの童話のような名前で、少し気になった空は、息抜きも含めて、その本を読むことにした。
「何々?昔々おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に……って、これまんまじゃん!!桃から出てきた桃助(もものすけ)まんまじゃん!!!!」
それを言うなら、桃から生まれた桃太郎。
と、まあ突っ込んでくれる相手もいないのに、空は1人で突っ込みどころ満載のツッコミを入れた。
「ン?ここからは違う―……?狼におじいさん殺られちゃうの?!ウッソ、これ子どもに悪影響……!!!」
空は、狼が登場するシーンのページを開いたまま、呆然と立ちすくんだ。
そして、ボトッと鈍い音を立てて、空の手から、分厚い民話の本が落ちる。
その拍子に、ページがめくれて、鬼が登場するシーンのページが開かれる。
眩しい光が、空の目を眩ました。
そして、光が収まったかと思うと、次の瞬間、在り得ない光景が目の前に広がった。
「初めまして、空。オレは咬野善(かみのぜん)。ねえ空、キミ、とっても美味しそうだね。ちょっと喰わせ―……」
茶色い耳を生やした、幼げな顔の少年が、空の前に立っていた。
空が言葉の意味を理解する前に、今度は角のような物を頭に生やした少年が、言葉を遮る。
「初めまして空ァ!!俺は、幾多海(いくたうみ)!!こいつは危険だ、今すぐ離れろ!!」
空は腰が抜けて、へなへなとベッドの上に座り込んだ。
言葉の意味を理解できなくて、頭が混乱していた。
「ど、どちらさま?」
恐る恐る空が聞くと、二人は声をそろえて、
「民話の世界に生きる鬼と狼!」
と言った。
「―…………へ、」
空は2人と距離を置くと、ばかでっかい声で
「変人――――ッ!!!!!」
と、悲鳴に近い声を上げた。
そんな行動とは裏腹に、「頭ぽっかりいっちゃってるよ」と、空は内心ものすごーく冷静に考えていた。
同時に、「受験勉強の邪魔じゃね?」とも思っていた。
「変人じゃねえ!鬼だ!鬼!!!」
「変人なのは、海だけで、オレはただのニンゲン♪さっきのはジョークだよ!」
「じょーく……????」
空が首をかしげると、善は空の座るベッドの横にもたれかかって、
「そう。ジョーク。だから、安心してよ。」
といった。
「そっかそっか、ジョーク……って、んなわけあるか!!なんで勝手に家入ってきてんの?そもそもあの光はナニ?!そしてその茶色い耳はナニ?!絶対おかしいよ、あんた等2人とも!!しかもなんであたしの名前知ってるわけ?!こっちは初めて聞く名前で、ぜんっぜんわけわからないんだけど!」
かんなり興奮気味に、怒りを交えながら、空は2人に詰め寄った。
すると、善は空と息が掛かりそうなくらいの位置につき、たくらみの笑みを浮かべた。
「―……オレは、狼。あんまり五月蝿くすると、喰っちゃうかもよ?」
「―……!!!!!」
さっきまでの幼げな顔はもうどこにもない。
空はただただ、善の顔から感じ取れる恐怖におびえた。
すると、ふいに空の頭に優しくぽんっ、と手が置かれる。
顔を上げると、そこには自らを鬼と言った、海がいた。
「安心しろって。もしもコイツに喰われそうになったら、俺が助けてやるって!」
「―……ほんと?」
空は一瞬、不安そうな顔をして、だがすぐに希望に満ちた表情を浮かべた。
海は、満面の笑みを浮かべ、言葉遣いに優しさをプラスし、頭をフルに使って、力強くこういった。
「絶対ほんと。絶対守る。だから、大丈夫だ。」
空は、安堵の表情をして、軽くうなずいた。
「ちぇー。いいとこどりかよ、鬼サン。」
「何か文句でも?皮肉なら有り余るほどこっちも備えてんでな。受けてたつぜ?」
2人の少年の間に、ピリピリした空気が流れる。
「ま、いいや。それより、空。これからオレ、ここに住むから。」
善が、「ヨロシク」と、語尾にハートマークでも着いてそうなくらいの甘え声で言う。
「ナニ言ってんだ?善は野宿だろ?ここに住むのは俺だ。」
海は、堂々とした様子で、椅子に座る。
「ちょっと待って、あたしの意見無視ですか?あたし絶対絶対ぜぇーーーったいイヤ……」
「俺は幾多海だぞ?いーくーた!!空とは兄妹も同然だ!!」
「は?ナニ、それ。勝手に苗字つけただけじゃん。だったらオレだって―……」
完全、空の意見は無視の方向で、話がずんずん進んでく。
空は諦めたように、自分のベッドにもぐりこむと、耳をふさいで「これは夢」と呟き続けた。
翌日、やっぱり狼と鬼は居て、結局空は受験勉強どころでなくなった。
「サヨナラ、あたしの人生……受験生。」
うっすら涙を浮かべて、諦めたように無理やり引きつって笑うと、空は善と海をにらみつけた。
02 -end-
2009/5/14 : 加筆修正