1Life : サヨナラ受験生?!

02

家庭教師の帰った後、空はふら、と、不意に本棚へ目をやった。
民話の書かれた本が、目に入る。
タイトルは―……「桃娘」。
有名なあの童話のような名前で、少し気になった空は、息抜きも含めて、その本を読むことにした。

「何々?昔々おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に……って、これまんまじゃん!!桃から出てきた桃助(もものすけ)まんまじゃん!!!!」

それを言うなら、桃から生まれた桃太郎。
と、まあ突っ込んでくれる相手もいないのに、空は1人で突っ込みどころ満載のツッコミを入れた。

「ン?ここからは違う―……?狼におじいさん殺られちゃうの?!ウッソ、これ子どもに悪影響……!!!」

空は、狼が登場するシーンのページを開いたまま、呆然と立ちすくんだ。
そして、ボトッと鈍い音を立てて、空の手から、分厚い民話の本が落ちる。
その拍子に、ページがめくれて、鬼が登場するシーンのページが開かれる。

眩しい光が、空の目を眩ました。
そして、光が収まったかと思うと、次の瞬間、在り得ない光景が目の前に広がった。

「初めまして、空。オレは咬野善(かみのぜん)。ねえ空、キミ、とっても美味しそうだね。ちょっと喰わせ―……」

茶色い耳を生やした、幼げな顔の少年が、空の前に立っていた。
空が言葉の意味を理解する前に、今度は角のような物を頭に生やした少年が、言葉を遮る。

「初めまして空ァ!!俺は、幾多海(いくたうみ)!!こいつは危険だ、今すぐ離れろ!!」

空は腰が抜けて、へなへなとベッドの上に座り込んだ。
言葉の意味を理解できなくて、頭が混乱していた。

「ど、どちらさま?」

恐る恐る空が聞くと、二人は声をそろえて、

「民話の世界に生きる鬼と狼!」

と言った。

「―…………へ、」

空は2人と距離を置くと、ばかでっかい声で

「変人――――ッ!!!!!」

と、悲鳴に近い声を上げた。

そんな行動とは裏腹に、「頭ぽっかりいっちゃってるよ」と、空は内心ものすごーく冷静に考えていた。
同時に、「受験勉強の邪魔じゃね?」とも思っていた。

「変人じゃねえ!鬼だ!鬼!!!」

「変人なのは、海だけで、オレはただのニンゲン♪さっきのはジョークだよ!」

「じょーく……????」

空が首をかしげると、善は空の座るベッドの横にもたれかかって、

「そう。ジョーク。だから、安心してよ。」

といった。

「そっかそっか、ジョーク……って、んなわけあるか!!なんで勝手に家入ってきてんの?そもそもあの光はナニ?!そしてその茶色い耳はナニ?!絶対おかしいよ、あんた等2人とも!!しかもなんであたしの名前知ってるわけ?!こっちは初めて聞く名前で、ぜんっぜんわけわからないんだけど!」

かんなり興奮気味に、怒りを交えながら、空は2人に詰め寄った。

すると、善は空と息が掛かりそうなくらいの位置につき、たくらみの笑みを浮かべた。

「―……オレは、狼。あんまり五月蝿くすると、喰っちゃうかもよ?」

「―……!!!!!」

さっきまでの幼げな顔はもうどこにもない。
空はただただ、善の顔から感じ取れる恐怖におびえた。

すると、ふいに空の頭に優しくぽんっ、と手が置かれる。
顔を上げると、そこには自らを鬼と言った、海がいた。

「安心しろって。もしもコイツに喰われそうになったら、俺が助けてやるって!」

「―……ほんと?」

空は一瞬、不安そうな顔をして、だがすぐに希望に満ちた表情を浮かべた。
海は、満面の笑みを浮かべ、言葉遣いに優しさをプラスし、頭をフルに使って、力強くこういった。

「絶対ほんと。絶対守る。だから、大丈夫だ。」

空は、安堵の表情をして、軽くうなずいた。

「ちぇー。いいとこどりかよ、鬼サン。」

「何か文句でも?皮肉なら有り余るほどこっちも備えてんでな。受けてたつぜ?」

2人の少年の間に、ピリピリした空気が流れる。

「ま、いいや。それより、空。これからオレ、ここに住むから。」

善が、「ヨロシク」と、語尾にハートマークでも着いてそうなくらいの甘え声で言う。

「ナニ言ってんだ?善は野宿だろ?ここに住むのは俺だ。」

海は、堂々とした様子で、椅子に座る。

「ちょっと待って、あたしの意見無視ですか?あたし絶対絶対ぜぇーーーったいイヤ……」

「俺は幾多海だぞ?いーくーた!!空とは兄妹も同然だ!!」

「は?ナニ、それ。勝手に苗字つけただけじゃん。だったらオレだって―……」

完全、空の意見は無視の方向で、話がずんずん進んでく。
空は諦めたように、自分のベッドにもぐりこむと、耳をふさいで「これは夢」と呟き続けた。


翌日、やっぱり狼と鬼は居て、結局空は受験勉強どころでなくなった。

「サヨナラ、あたしの人生……受験生。」

うっすら涙を浮かべて、諦めたように無理やり引きつって笑うと、空は善と海をにらみつけた。


02 -end-
2009/5/14 : 加筆修正