今宵、貴方は愛に満たされる
カーテンの隙間から、日差しが、漏れる。
「…。」
ふわふわの布団から出て、リズミは無言のまま、着替えをすます。
「リズミ?大丈夫?」
マイクの"イク"が声を掛けると、ようやくリズミは口を開いた。
「大丈夫、もう覚悟はできてるから。」
リズミは、短くそれだけ言うと、イクを手に持ち、家の中から外へ飛び出した。
もちろん、もう一度ティンカと会う為に。
「イク、居場所わかる?」
「えっと…、この近くの本屋に居るみたい。そこの角を曲がった突き当たりにあるわ。」
「OK、了解。」
イクの指示通りに行くと、そこには一店の本屋があった。
リズミは中に入ると、すぐにティンカを見つける。
「キミ……ティンカだよね。」
一瞬、ティンカはびくっとして後ろを振り向いた。
が、すぐにリズミだと分かり、顔を赤らめた。
「あ…、リ、リズミちゃん…、どうしてここに?!」
明らかに焦っている。
彼は完璧、彼女に恋をしている。
それは、誰から見たって、丸分かりだった。
リズミは、ティンカの質問に答える事はせず、逆に質問し返した。
「キミの持ってるその本…買うの?」
リズミは、ティンカが手にしている、一冊の本を知っていた。
それは、初めて二人が出会ったときに、リズミが読んでいた本だった。
「あ、その…。リズミちゃんが、おもしろいって言ってたから、僕も読んでみようかなって思って…」
「本好きなの?」
「あ……うん…。」
「…そ。」
ティンカは、"リズミちゃんが読んでいたから"なんていう理由、とてもじゃないけどいえなくて、とりあえず、本が好きだということにしたらしい。
そして、さっきからずっとリズミは無表情だ。
沈黙。しばらく重い空気が流れる。
先に口を開いたのはティンカだった。
「あ、僕、お金払ってきますね!!」
「待って!!!」
リズミがぐいっとティンカの腕を掴む。
その反動で、ティンカの持っていた本が床に落ちる。
「リ、リズミちゃ…?」
リズミは一度、手を離す。
そして、落ちた本を拾い上げ、元にあっただろう場所に、丁寧に直した。
一度、店の外に出て、ティンカを手招きすると、鞄の中から愛読書・"ヒーローと泥棒"を取り出した。
「え?これ…」
ティンカが買おうとしていた本。
それを、リズミはティンカへと差し出した。
「本くらい、貸してあげる。買ったら色々と勿体無い。」
「あ…ありがとう……」
ティンカは、突然の出来事に、思考回路が止まってしまったらしい。
リズミのこの優しさは、"恋心"を成就させる為だけのモノ。
だから普段は絶対に在りえない行動なのだけれども―…
「じゃ。」
「え?!…ちょっと待って!!」
今度はティンカがリズミの腕を掴む。
「あの…もうちょっと、話しない?」
「……。」
リズミは無言だ。
ティンカの顔は、どんどん赤くなる。
「ここ寒かったら、家来て話してもいいし…」
「……ここでいい。」
「じゃあ、そこの公園で!!」
リズミは無表情のまま、こくりとうなずいた。
Zエンド
2009/5/6 : 加筆修正