三年前の契約

02

―それは、三年前の契約―

雲の上には、天使が住む”天界”がある。
私は、そこにすんでいる天使の一人だった。

「ディア!いっしょにお花の水やりしようよ!!」
「おぅ〜。テンは本当に、お花の世話好きだなぁ。」
「ん〜?
だって、お花って、いろいろな種類があって、可愛かったり、綺麗だったり、カッコよかったり、しおれてだらしなかったり。
まるで人間みたいじゃない??」
「そうだな。」
私の横では、私の大好きな君が、笑いかけてくれている。
休みの日には、大きな雲の庭園の、ちいさな鉢に植えられている、 小さなお花の水やりをする。
それが、私と君の、”当たり前”だった。
”一生”だと思った。
でも、ある日突然それは消えた。

その日の天気は曇り空。
お花の様子が気になって、ディアを誘って庭園に行くことにした。

「ディア!ちょっとお花の様子見に行きたいんだけど・・・」
「テン……。こんな天気なのに、危ないぞ???」
「だけど……っ!お花が気になるんだもん!!風が強いし……。」
「テン……。」

ディアは少し困った表情を顔に浮かばせていた。
でも、すぐにそれは消えて、私といっしょに庭園に行くといってくれた。
今思うと、それが長い長い試練の始まりだったんだ・・・。
庭園に着く頃、もう辺りは真っ暗で、風も強く、ところどころで小雨が降るようになってきた。
あいにく、傘はこの天界にはなく、持ってきたのは大量の水防止袋だけ。

「ふぅ!よかったぁ〜〜〜。お花無事だぁ〜。」
「よかったな。じゃぁ、雨降ったときに土があふれないように、上から水防止袋かぶせとこうか。」
「うん。」

かばんの中から私は袋を二枚取り、二つを重ねるようにして植木鉢にかぶせた。
まだ小さい花は、袋によって風から身を守り、さっきより少し元気になったみたいだ。

「よし!じゃぁ、帰ろうか?」
「うん。……。本当に、ありがとうね。」
「え……、いいんだって!オレだって、テンの役に立ちたいんだから!」
「ディア……。」

涙が零れそうになった。
でも、雨が降ってきたおかげで、涙を隠すことができた。

「さぁ、帰ろう。」 ディアがそういったとき。
本当に、その瞬間。
空に大きないなずまを描き、明るく私たちを照らしたかと思うと、 雲でできている地面に向かって、大きな光がビリっと落ちた。

「キャァッ!!!!」
「テン!!大丈夫か?!」
「ッ……。平気……ッ。ディアは?」
「オレも・・」

”オレも平気”―……。
そう言おうとしたのだろう。
だけど、その言葉は、魔女の言葉によって消されてしまった。

「フォッフォッフォッ。ユカイじゃのぅ……。こんな嵐の日に、ノコノコ庭園にやってくる天使が二匹もいるなんて!おどろきだぁね。」

”魔女”。それは、魔法を使う女。
しかし、天界では、この者のことを”悪魔”という。
魔女は、私たち天使に魔法をかけ、悪魔を作るのだ。
やがて悪魔は増え、天界を滅ぼすだろう。
だが、そんなことなっては絶対にいけない。
だから、天界のおきてで、嵐の日は、絶対に外に出てはいけないのだ。

「魔女さん。貴方は、何をしにここにきたの??」

勇気をふりしぼって、私はたずねた。 もちろんしっている。 天使を悪魔にするため。

「知らないのかい?有名なのにねぇ。いちいち教えるほど、わたしゃお人よしじゃないんだが。」

魔女は、答えなかった。

「オレたちを悪魔にするのか?」

そう聞いたのは、ディアだ。

「なんだい?お前は、そんなこと聞いて、わたしに何をしようってんだ?」

魔女は問いかけた。

「…………」

ディアも、わたしも、口を閉じたまま、無口になる。
魔女は、少し呼吸を整えてから、やがて、口を開いた。

「天使の坊。そんなこと聞いて、お前は悪魔になりたいのかぃ?」

魔女は、わたしたちの返答を聞くまでもなく

「なりたいのならならせてあげよう!!!」

ディアにそういった。

「やめてっ―――……!!!!!!!」

わたしがそういったときにはもう遅かった。

「ぁあ……。あ……、ぁ……なん……でっ…………。ディッ……ディア―――!!!!」

さっきまでとなりにいた君。
真っ白な羽を背中につけて、微笑んでくれていた君。
優しかった君。
でも、今は・・今、隣にいるのは・・。
真っ黒な羽、赤い瞳、鋭い牙。睨む顔。
すっかり変わり果ててしまったディアがいた。

「ディ…………」
「名前を呼ぶな!」
「ッ……」
名前を呼ぶな。
そんなこと一度も言わなかったのに。
なんで、悪魔なんかに・・・!
魔女・・・。魔女のせい?
ううん、違う。こんな日に、ムリヤリわたしがディアを連れて行ったからだ!!!

「魔女さん……!!ディアを元に戻して!!変わりにわたしが悪魔になるからぁッ!!!」
「フォッフォッフォ。天使の小娘。面白いことを言うでない!お前など、悪魔にいらんわぃ!」
「なんで?なんで……。お願いです……。ディアを……元にッ!何でもしますっ!だからお願いっ」
「そこまで言うのなら、元に戻してやらんでもない。」
「本当ですか?!」
「あぁ。本当だとも。だが、魔女の言うことなんて、信じられるかい?」
「………………。」

魔女の言うこと、嘘に決まってる。
だけど……。
今だけ!!!

「信じられます。」

スっと答えた。

「そう……。ならば、契約を交わそう。」
「契約?」
「あぁ。そうさ。わたしはお前と契約を交わす。そして、その契約をお前が満たしたとき、坊は元に戻る。どうだい?引き受ける?それとも逃げるかい?」
「……逃げません……わたし!!!引き受けますッ!!!!」
「話の分かる天使だ!なら、契約の内容は簡単さ。」

”四年間の間、人間として人間界で生きる。
その間は、天使と話してはならない。
天界にも帰ってはいけない。
そして、天使だということをばれてもいけない。
三年目に入ったら、悪魔が人間界に送り込まれる。
その悪魔に、天使の心を思い出させ、黒い羽を白い羽へと移り変わらせる。
そして、四年間を終え、全て終了したとき、契約終了となり、ディアは元にもどるだろう……”

「わたし……。頑張ります!!」

まじめな顔で言った。

「フォッフォ。せいぜい頑張るのだな。」

魔女はそういい残すと、目の前から消えた。
それと同時に、わたしは、どこか知らない空気がある、 小さな部屋に居た。
今でいう、あの、”秘密の部屋”だ。

こうして、わたしの試練が始まった。


02エンド
2009/5/6 : 加筆修正